春
昨夜ゆうべ、空を通つた、足の早い風は、いま何處を吹いてゐるか!
あの風は、殘つてゐたふゆを浚つて去いつて、春の來た今朝けさは、誰もが陽氣だ。
おしやべりは小禽ことりばかりではない。
臺所の水道もザアザア音をたて、猫はしきりにおしやれをしてゐる。
町では煙草のけむりが鼻をかすめ、珈琲が香かんばしく、電車のレールは銀のやうに光り、オフイスの窓硝子は光線を反映なげかへし、工場の機械はカタンカタン響々ごう/\と、規則正しく延つてゐる。
朝はまだバスの女車掌さんにも勞つかれは見えないし、少年工も口笛を吹いて、シエパードを呼ぶ坊ちやんに劣らぬ誇りを生産に持つ。
春の新潮あらしほに乘つてくる魚鱗うろくづのやうな生々いき/\した少女をとめは、その日の目覺めに、光りを透すかして見たコツプの水を底までのんで、息を一ぱいに、噴水の霧のやうな、五彩の虹を、四邊にフツと吹いたらう――